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東京高等裁判所 昭和48年(く)13号 決定 1973年1月31日

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各抗告の趣意及び理由は、抗告申立人等共同作成の即時抗告申立書、抗告申立人高橋庸尚作成の即時抗告申立理由補充書及び同伊藤まゆ作成の即時抗告理由補充書に各記載してあるとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原決定には理由不備の違法があり、かつ本件忌避の申立は、忌避理由があると共に、刑事訴訟法第二四条第一項によりこれを却下すべき要件を欠くものであるのに、忌避理由がないとし、同条項により右申立を却下した違法があるから、これを取消すべきである、というのである。

よつて、関係記録を精査して按ずるに、まず、原決定は、本件忌避申立人小口恭道作成の忌避申立の理由等補充書と題する書面に記載されている忌避申立理由について、簡単ではあるが概要につき判断を示しており(なお所論の「前記のとおり」とは、さきに公判期日の指定及び公判期日変更請求却下決定について判示してあると同様、「本件忌避を申し立てられている裁判長裁判官あるいは裁判官」(以下本件裁判官等と略称する)の措置が違憲、違法でなく、裁判手続過程内の本件裁判官等の措置を自らの主張に反するものとして忌避理由ありと主張するもので失当である旨をいうものと解するに十分である)、また忌避理由がないことなどを根拠として推断した訴訟遅延の目的のみでなされた忌避申立であることを却下理由としていることが明らかであるから、原決定に所論のような理由不備の違法はない。

次に、本件の事前準備において、検察官は、週二回開廷を主張し、弁護人等は月一回開廷を主張して相譲らず、未だ両当事者の意見の調整を見ないうちに、前記裁判長は、所論のような月六回ないし七回の一〇〇回に亘る公判期日を指定し、更に本件裁判官等は、弁護人及び被告人等の右全部あるいは第二回以降の公判期日の一括変更請求を却下したのである。ところで、本件事案の性質、内容、訴因の数及び事前準備において検察官の述べる立証計画や弁護人等の述べる冒頭手続の所要時間予想等に徴すると、本件審理には少くとも一〇〇回開廷を越える相当長時間を要するものと予想することも無理からぬことと思われるが、かかる事件の審理にあたつては、「実体的真実発見と被告人の基本的人権の尊重という刑事訴訟の基本的目的」(以下訴訟の目的と略称する)に対する配慮を怠つて拙速に陥ることは十分これを警戒しつつも、「憲法が被告人に保障する迅速な裁判」(以下正しい迅速裁判と略称する)を実現するため、裁判所及び当事者が一体となつて格段の努力をすることが特に要請されることは言を俟たないところであり、その方策として通常の事件とは異なる程度の集中審理形式をとることも止むをえないところであり、裁判所の方針として右形式を採用する以上、弁護人としては弁護活動の方法に創意工夫をこらし、右方針に出来うる限りの協力を惜しむべきでないことも当然のことである。ひるがえつて、本件裁判官等の措置について考えるに、本件は、審理の進行に裁判所及び当事者の特段の配慮を要するものと考えられるところ、かかる事件にあつては、裁判長は、両当事者の意見、希望を十分に聴取したうえその同意をえて公判期日を指定するのが通常であり、かつ望ましいところであると考えられるが、弁護人等の職業活動の現実に対する配慮を欠く憾みのある昭和五〇年までの弁護人等の差支日の申出要求をなし、申出のないことなどを理由に前記裁判長が早々に本件公判期日の指定をしたのは、いまひとつ当事者との話合の努力に欠けるところがあつたといえるのではないか、弁護人等の本件以外の事件の受任状況などの弁護士活動の現実を重視する立場からは、本件の弁護活動を十分になしうるためには各公判期日の間隔が短きに失すると考えられ、この点再考の余地はないか、訴訟の各段階(冒頭手続、検察官の立証、被告人、弁護人の反証、終局手続等)に応じ、審理の実情をふまえた、より的確な見とおしの下に公判期日の集中的指定をするなど、より妥当な方法が採りうるのではないか、更に被告人等の元相被告人森恒夫の死亡や被告人吉野雅邦に対する被告事件の審理開始に比較的近い時期における併合による弁護活動方針の再検討のための、また指定された各公判期日における各弁護人の具体的差支の実態に応じた各別の公判期日の変更も考える余地があつたのではないかなど、その方策は実務としては仲々困難な措置ではあるけれども、いささか妥当性を疑わせる点が窺われないではない。しかしながら、本件裁判官等が指定した個々の期日における理由ある場合の変更についての考慮をしていたことが窺われることをも併せ考えると、右の本件裁判官等の措置が「被告人及び弁護人等の防禦権、弁護権あるいは弁護人の職業人としての生活権」(以下被告人、弁護人の権利と略称する)を著しく侵害し、かつ刑事訴訟の目的の達成を不可能にすると断ずるに足りない。しかるに、弁護人等の終始強く主張して譲らない月一回開廷の方法によれば、本件審理に異常な長期間を要し、訴訟遅延を結果することは、これを予想するに難くなく、迅速な裁判は望むべくもないのみか、所論主張のように、右方法によらなければ弁護人等のいかなる努力にもかかわらず被告人、弁護人の権利が守られず、刑事訴訟の目的を達せられないとは到底考えられないところであり(訴訟遅延により却つて真実発見が困難になることさえあるとも考えられる)、また十分な変更の理由も添えない右公判期日の一括変更請求の方法も少くとも甚だ妥当を欠くものといわねばならない。

さらに、東京地方裁判所においては、関連事件の移転は、関係部間の協議によつてなされ、先に受理した担当部にすることが原則ではあるが、特段の事情があるときは右原則によらないことが内部的に定められており、本件の原裁判所繋属が右定めに反すると認めるに足る資料はないから、所論のように慣例に反するというのは当らず、また本件の第一回公判期日の変更と一括変更請求却下とは条件が異なるので所論のように必ずしも矛盾するものとはいえず、右公判期日変更請求の経過に照らし所論主張のように右請求却下の期日を特に遅らせたと認めるに足りず、その他所論に鑑み検討しても、事前準備を含め本件忌避申立前における裁判官等の発言中所論のように本件につき予断、偏見をもち、刑事訴訟の目的に対する配慮を欠き拙速を意図したと認めるべきものがあるとするに足る資料はない。

然らば、前判示のとおり本件裁判官等の措置に客観的にみて若干再考を要する点も窺われないではないにしても、その間の弁護人等の前記主張をも考慮すると、本件裁判官等は、迅速な裁判を実現すべく誠意を以て努力を重ねたが、弁護人等の主張があまりにも強硬であるため止むをえずと考えて本件公判期日指定等の措置に出たことが認められるのであつて、所論主張のように本件につき予断、偏見をもち、迅速裁判の名の下に被告人、弁護人の権利を不当に侵害する違憲、違法の措置により刑事訴訟の目的を無視して審理を強行する意図をもつており、従つて不公平な裁判をするおそれがあるとは到底考えることができない。よつて、忌避の理由なしと判断した原決定には所論のような誤りがあるとは認められない。

以上を総合して考えると、本件各忌避申立は、本件裁判官等の措置が自己の主張と相容れないことを不服とし、自己の主張を貫くため、それが前判示のように訴訟の遅延をもたらすことを認識し、かつこれを認容ないし意図しながら、忌避理由にあたらない事由をあげてなしたものであると認めざるをえず、その他所論に鑑み更に検討しても、所論主張のように被告人、弁護人の権利を守り、刑事訴訟の目的を達するためなど前記認定以外の目的をもつてなしたものとは認め難いのである。然らば、本件忌避申立が訴訟を遅廷させる目的のみでなされた(ただし、原決定が右認定の根拠として第一回公判期日の直前に本件忌避申立がなされたことを挙げているのは当をえないと考える。)ことが明らかであるとして却下した原決定は、当裁判所の見解と結論を同じくするもので所論のように違法であるということはできない。

論旨は、すべて理由がない。

よつて、本件各即時抗告は、すべて理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項によりこれらを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(海部安昌 環直弥 山崎宏八)

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